【日記】記憶の増大

記憶は知覚を客観的にそのまま保存したものではなく、後から想像力が働き様々な意味を付加されて成立しているものだと思う。

2017.07.21

 午前中から午後にかけて、夏期講習「現代文」の授業を2コマ分やる。仕事としては物足りない。が、いつもここで曝している通り、これが今の自分の分限なのだと思う。「仕事があるだけマシ」と言えるかもしれないが、この程度の仕事の内容と質、そして場にありつくだけではこの商売をやっている以上、カースト内の下層民に位置する人間だと自己に判断を下すしかない。

 
 それは、前から分かっている。
 
 それにしても、最近、関東地方は地震が妙な感覚で起きてはいないか。今も昔から使っている机に取り付けた山田の黒い電気スタンドが少し揺れている。ほんの少しだが。
(つづく)
 
(承前)
 相撲。ここのところ宮城県出身の関取が出ていないので、いまは宇良がお気に入りの相撲取りだ。
 
 右ひざを負傷してから、負けが込み始めた。今日は、よほど悪いのだろう、右ひざにテーピングをして患部を固めて出場していた。テーピングをするのは宇良も本意ではないだろう。それは、美しい均整のとれた身体を自らの才で作り上げた努力の人、宇良の身体に似合わず、浮いていた。結果は琴奨菊の前進に抵抗できず土俵を割った。その姿が宇良には似つかわしくないように見えた。しかし相撲界のカーストの最上位では何の理由も理由ではなくなり、相手方の関取生命を伸長していく格好の餌食となるばかりだ。
 
 休場して治療に専念し、次場所以降に再起をかけてほしいと思うのは素人考えなのだろう。勝負の世界に住み、そこで生き残る相撲の勝負師たちは、僕のような大凡人の想像力など圧し潰すかのように、自らの身体の状態が不十分でも土俵に上がり続ける。「怪我とどう付き合うのか」――おそらく多くの力士、特に上位で取る関取衆の命題だろう。上位レヴェルで怪我をせずに闘える者は皆無と、極端な程度表現を用いて言い表してもよいだろう。
(つづく)
 
(承前)
 白鳳に花束を。
 拍手を。
 足を踏み鳴らせ。
 これから無人の荒野を行く白鳳の前途に現れるだろう新たな栄光を同時代に目撃、体験できる僕らも祝福される存在なのだから。そんなたまさかの幸運が運んできてくれる映像を目いっぱい浴びようではないか。あるいは名古屋まで観に行こうではないか。
(つづく)
 

2017.07.17

 今日は講習の中休み。とはいっても売れっ子ではないので、序盤からコマが入っていない今日この頃、といった方が妙だろう。

 
 断線したので、修理に出そうと思い、元箱にしまっておいたSennheiserのie800を箱ごと失くしてしまったことに気づく。我ながらモノの管理の下手さには閉口するしかない。
 
 おそらく、次に引っ越すときに出てくるのだろう。えてして失くし物とはそんなものだ。
(つづく)
(承前)
 ゴキブリが姿を見せた。何年ぶりだろう、久方ぶりの対面だ。ここに引っ越してから生活コストのことを考えて台所をつぶしたのだ。つまり、単なる物置の空間としたのだ。だからゴキブリたちの悦楽を奪ってしまった。
 
 最近、シンクの前に立ちながら飯を食う習慣が身についてしまった。そうして旧台所のスペースにゴキブリの悦楽の種の食いカスと食物の匂いがついた容器を捨てたゴミ袋が出現した。きっと、それをいいことに姿を見せたのだろう。
 
 とりあえず、ずいぶんと昔に買ってそのままにしてあったゴキブリ用殺虫剤をゴキブリに向けて噴射した。僕も、こうは書いているが、ゴキブリは苦手だ。しかし勘所を外したのか、現れたゴキブリの骸は見つからなかった。逃げ足の方が速かったのか、僕のどんくささが災いしたのか。
(つづく)
 
 

2017.07.16

 今日は小論文を1コマ。移動時間の長さとコマ給を考え併せれば、全くもって割が合わない。ヴォランティア的労働。そんな日曜日の労働は12月中旬まで続く。こんな労働力の売り方はしたくないのだが、僕の能力と業界の変化は僕に多様な社会的選択肢を与えはしない。そう、今はただただ成り行きに己の身を任せて、この世界を漂うしかない。下手に行動を起こせば無人の境まで吹き飛ばされてしまうのは必定だ。

 
 「声がかかるだけ、マシ」
 
 そう思うことにする。だって、日が明けて7月17日は意味のある日なのだから。
(つづく)
(承前)
 今年は新しい意味付けを、この日にした。もうこの日の喉に引っかかっていた小骨は、取れた。

2017.07.15

 
 また、今年の夏もウィルコが来る。
 そう、チケットはすでに僕の手の中。
 この前の遠藤賢司のライヴ、当日僕の精神状態が芳しくなく、去年のニュー・オーダーのときのように欠席した。
 何の憂いもなく行きたいな。ウィルコ・ジョンソンのライヴには。
 
 以前、2015年のフジからの帰り道、P.A.でこれから帰国するだろうウィルコ御一行と出逢った。そのとき、ウィルコとは写真を一緒に撮れたのだが、ノーマンとは撮れなかった。そのことがいまだに僕の心の奥の方にわだかまっている――。
 
 ではでは、この曲で締める。もちろん――、
 
Dr. Feelgood "She Does It Right"

2017.07.14

【我が獅子身中の虫「物欲」】

 今日は日がなテキスト作りと答案の添削をする。意識が仕事の方へ向けばよいのだが、やはり僕は僕であって、パソコンからウェブを通して物欲センサーの赴くまま、画面を通して眼につき心揺さぶってくるあらゆるものを意識上に並べ、幾たびかの逡巡を重ね、罪悪感にまみれながら、ポチる。こういう輩にクレカを持たせるものではないな、独り言ちながら、ポチる。

 先月の末頃、これをポチったのが運の尽きだった。
 
 
 Valuniの8233、Amber。
  で、次に……
 
 
 またしてもValuniの8881、Black。
 モンク・ストラップの靴を買ったのは初めてだ。8233の佇まいと履き心地にやられ、「仕事用だ」と己を偽り、8881を手に入れた。
 しかし、これらの連鎖は「物欲ドミノ」の最初の1コマを人差し指で倒したに過ぎない。
(つづく)

2017.06.07

【あ"~っ……】

 
 一向に数を減らしそうにもない、ロングノーズのビジネスシューズ。主観をぶっちゃければ、このデザインの靴は格好悪い。
 
 もっと言おう。下品だ。
 
 この手の靴を履いていらっしゃる方々はえてしてスーツの着こなし方もだらしなく見えてしまう。
 
 誰が、どこがトレンドセッターなのか? 知りたくなるのも山々である。
 
 

 
 なんだかなぁ。こういう靴を履くと気分が上がるのかな。
 別に僕が僕自身の感覚を誇りたいわけでもない。ただ、本能的にアウト、なのである。
 そんな気持ちは、靴だけに止まらない。これ↓も僕的には最悪に近いデザインである。これを売る方も買う方も、うん、なんだかな、という感じなのである。
 
 
 ここまでくると、トヨタの確信犯的なクルマのコンセプト設定に開いた口が塞がらない。エコ、以前の問題だと思ってしまう。
 
 いやはや、全くもって、何をかいわんや。